暖地サクランボ&神の存在ーそのZ,[
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このさくらんぼの樹は、本校中学校の卒業生深沢さんが3年間手塩にかけて育てた樹です。 在校中は実が何時も野鳥に食べられてしまって、悔しい思いばかりでしたが、一昨年大豊作で、ムクドリやカラス等が食べても、食べても、食べきれないで遂に人間様にもご馳走が回ってきたのです。そして人間様も食べ放題、採り放題で、野鳥どもと共に満足したのです。今年も一昨年に次ぐ豊作でした。 写真では表現出来ない素晴らしい眺めでした。
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さくらんぼ![]() |
今年は、さくらんぼ豊作の年。 実が熟し始めてから野鳥(ムクドリやカラス)が集まってきて食べ放題、
人間も食べ放題、採り放題。おおよそ半月の間さくらんぼを毎日食べて、人間も鳥も仲良く、すっかり満足。 暖地さくらんぼは素晴らしいさくらんぼだ。 注意深い人には、写真の中央に繭を見つけるでしょう。 これは、緑色の繭で大変珍しい繭です。 そしてこのサクランボが無農薬で育てられている という事が解るのです。 |
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神の存在−その(Z)
悪魔は、神に敵対する悪霊です。 悪魔は、人間と人間の間の愛や信頼を否定し、総てを自己の欲望の満足に充てるべきであるという独自の、神に対抗する理論を作り上げ、人間を神から引き離して、自分が神に代わってこの世を支配しようとしているのです。 悪魔の戦略は、まず嘘をつくことから始まります。 「自分の利益になることならば、たとえ他人が、その為にどのように困ろうとも、嘘をついて通しなさい.嘘を嘘で固めて頑張りなさい。正直を貫き通して損をするなど馬鹿のすることである」 これが悪魔の第一の教えなのです。 ですから、正直の頭コウベに神宿るならば 不正直の頭に悪魔宿る・・・・・・なのです 私達のこの世は、神の教えと、悪魔の誘いが共存する矛盾した世なのです。 この矛盾した世でどのように生きて行けばよいのかは大変難しい問題なのです。しかし如何に難しくとも、どちらにつくかは自分で決めなければならないのです。 今の世で、神宿る頭と 悪魔宿る頭は、どちらが多いのでしょうか。 悪魔宿る頭が圧倒的に多いのです。 先日、自分の生んだ子供を捨てたという事件がありました。 なぜ捨てたかというと、「子供が邪魔で自分のやりたいことが出来ないと言うのです」 このような親を褒める人はいないでしょう。・・・・・悪魔もこの親を褒めたりはしないのですー何故か分かりますかー悪魔の評判が落ちるからです・・・・・・ しかしこの問題をよく検討してみると、この事件は私達のものの考え方の根底に横たわる重要な問題を含んでいるのです。 まず、その考え方は、自分以外は、総て他人であって、自分の生んだ赤ん坊であっても例外ではないというのです。 親と子の関係は、普通は、親の愛、つまり無償の愛によって結ばれているのです。これを否定して、子供が親の為になるかどうか、つまり親の利益になるかどうかによって判断し、親と子の関係の結論を出しているということです。 親が子供を育てるのは、将来親が子供に面倒見てもらうことを期待して育てるのではなく、結果はどうあろうと、親は子供を愛するがゆえに育てるのです。 ところが、親が将来子供に面倒を見てもらうことを期待して子供を育てるとすれば、どうでしょうか、これでは少し怪しくなってきます。これでは無償の愛とはいえないのです。 何故ならば、子供が親の役に立たないと分かったときに、親は子供を育てるのをやめるかもしれないからです。 無償の愛を持って親は子供を育て、結果として子供はその愛を感じて、無償の愛を持って老いた親の面倒を看、また自分の子を無償の愛を持って育てるのです。 このような親と子の関係にこそ神の祝福が在り、悪魔のつけ入る隙がないのです。 親が将来子供に面倒を見てもらうことを期待して子供を育て、子供が成人してから、結果として老いた親の面倒を看たとすれば、結果は同じように見えても、その内容は全然違うと言わなければなりません。 ここが非常に重要な点なのです。 「無償の愛など何の得にもならない、つまらぬウえではありませんか。一人の子供を成人させるまでに,一体どれくらいのお金が掛かると思っているのですか、20年間独身でおれば3000万円くらい貯金が出来るじゃないですか。子供を育てるなんてなんて馬鹿らしい」 となれば、これはもう完全に悪魔の理論に嵌まっているということになります。 悪魔は色々な手を使って、悪魔の理論を人々に広め、実行させており、さらに神の教えを実行している人達にまで手を伸ばし、総ての人に、それぞれの状況に応じて,罠を仕掛け,罠に落とし、神など居ない、と思わせようとしているのです。 悪魔は力のある、諸々の悪霊の総大将で、頭が抜群に良い、策略の天才なのですから、用心深くないと罠に掛かるのです。 皆さんも、社会で独り立ちするようになったら、用心の上にも用心を重ねて、悪魔の罠に掛からないよう、注意深く生きて行かねばなりません。 先日、video-鑑賞の時間に、大草原の小さな家の「夢見る町」を見たでしょう。 チャールズ・インガルスとその妻キャロラインは、神を信じ、3人の子供をしっかり教育し、助け合って生きてきた、判断の正しい頼もしい夫婦でした。それが悪魔の罠にはまってしまったのです。全財産を失い、路頭に迷うことになりそうだったのです。 原因はおじの遺産相続。莫大な遺産がインガルス家に転がり込むとあって、町中の人がおかしくなったのです。親友のガーベイは、チャールズを敬遠して遠ざかり、オルソン婦人は、何時ものごとく悪魔の手先として走り回り、チャールズと、そしてキャロラインまでも陥れたのです。 この事件で忘れてならないのは、このインガルス一家の危機を救ったのは、真の友人達であったということです。 お金には魔力が潜んでいるのです。たとえ本人がしっかりしていても、周りの人々が問題を起こすのです。覚えておいて下さい。大金が入ったときに近ずいてくる人は危険な好ましからざる人達なのです。真の友人は反って遠ざかって行くのです。 悪魔は、人間を、罠に陥れて自暴自棄にさせ、「神など居ない」と叫ばせ、神を呪い、神から離れてゆくようにしているのです。 悪魔の罠は、金、物、名誉、色、その他の諸々の欲、そして時には高級な理論、人間の弱点を巧みに利用して仕掛けられ、ありとあらゆる手を使うので、余程しっかりしていないと罠に嵌ってしまうのです。天使に化けて近寄って来ることもあるので決して油断は出来ないのです。キリストでさえ悪魔に試されたのです。 悪魔はキリストに「私の言うことを聞いたら、この世を総て貴方に上げましょう」と言って罠に嵌めようとしたのです。 キリストは、即座に罠を見破ったのです。 さて、先日音楽室の黒板にお金に関する落書きを見つけました。書いたのは今年の卒業生の一人のようです。その中に曰く「かね、かね、かね、お金が欲しい、お金があれば何でも手に入る、お金があれば幸せは後からついて来る」と・・・・・ お金は、この世では、生きて行くために必要なものです。大切に使うべきです。 しかしお金が余分にあると人間碌なことを考えないのです。そして悪魔の罠に嵌るのです。 お金があれば何でも出来ると思うのは間違いです。お金で買えないものもあるし、お金があるために反って不幸になる場合も多いのです。思いがけない大金が入ったときこそ落ち着いて悪魔の罠に嵌らぬよう十分に気を付けるべきです。 余分なお金は、時任学園に寄付することです。これが悪魔の罠に嵌らぬ無難な方法でしょう。(これは冗談です) 恐ろしいこの世ですが,未来は悪魔の支配する暗黒の世ではないのです。 やがて神は悪魔を追放し、明るい、新しい世が始まるのです。 その時、人々は愛と、真実と、信頼関係に目覚めるのです。 今の世であっても、人々が絶対嘘をつかなくなったら、まず泥棒が居なくなるでしょう。 そうすると、お巡りさんが要らなくなり、警察、裁判所、検事、判事がみんな要らなくなるのです。政府の役人や国会議員もそして膨大な組織が次々と縮小されてゆくでしょう。 国と国との信頼関係も改善されて、戦争もなくなり、軍隊も必要なくなるでしょう。従って私たちの税金は、殆ど人類の福祉に廻すことが出来るようになるのです。私達の嘘をつく習慣がどんなに多くの損失を招いているか理解しなければいけないのです。 ではこの辺で、さようなら、卒業後も時々学校に顔を見せに来てください。 学校から離れても、人間如何に生きるべきかと言うことを常に忘れないように。 平成十三年三月十七日 時任靜吉 卒業生の皆さんへ 神の存在−その([) 人間何時死ぬのか、誰にも分からないのです。 病気の人は、病気が原因で、健康な人であっても、交通事故が原因で。 それ故に、死は不幸なことで、生は幸せなことであるとすれば、人間の幸せは、その人の心の持ち様で決まるのです。 何時死ぬのか分からぬのであれば、明日おも知れぬ命なのです。 死ぬのが当たり前で、生きていることが奇跡と分かれば、一日一日が新しく、朝目を覚まして、もし生きていて、元気であれば、こんな幸せなことはない筈なのです。 それなのに殆ど多くの人は、平均寿命80余才の時代に、何で私はその前に死ぬのか、私は不幸だと考えてしまうのです。 日々生きていることに感謝できる人こそ幸せな人なのです。このような人は何時死んでもそれまでの人生を感謝して死んで行ける人なのです。 人間に生きる権利などないのです。もし有るとすればそれは人間対人間社会についてのことであって話は全然別なことになります。 天地創造の神に対して、生きる権利を主張できる人などいる訳はないのです。 神を信じない人なら何と言うのでしょうか。 私達の身の回りの物は総て神からの借り物であって、命さえも生かさせてもらっている というところの借り物なのです。 いつも道徳の時間に生と死の話をしている時任先生が、実は,医師に死を予告されて、 愚かにも愕然とし、『しまった』と狼狽えたのです。 まだ死ぬとは思っていなかったのです。 色々な思いが頭を過ぎります。『死ぬのは怖くない、しかし色々なものを抱えすぎている。時任学園はどうなるのか、生徒、先生方、その他色々』 「一体何日生きられるのか、二ヶ月か、三ヶ月か、半年か」と言う質問に、『それは分からない、原因不明の病気、とにかく心臓が非常に弱っている。重症であり、危険であり、何時何が起こるか分からない。この病気は一時的に良くなることはあっても段々悪くなる。 これ以上悪くならないよう治療するしかない。βブロックという薬がある。しかしこの薬は副作用が心配なので入院してテストしてみないと使えない。テストのため一ヶ月の入院が必要です。最後の手は心臓移植しかない』と医師は答えたのです。 このような状況の下で時任先生は天地創造の神に祈ったのです。 『主治医は原因不明と言っていますが、他の専門医はーこの前亡くなった小渕首相と症状が似ている−と言っていますので私もにも心当たりがあります。原因は過労とストレス、 それと食べ物にも問題があったと思います。私の不注意からこのような病気になったことを深く反省しています。どうか私の命を今しばらく延ばしてください。しかしそれも叶わぬことならばどうか御心のままになさってください。今迄生きながらえてくることが出来ましたことに深く感謝しております』と。 お祈りをして落ち着いたところで現状をよく分析し、対策を立ててみました。 よく考えて見ますと主治医の診断には色々と納得のいかないことがあるということが有るということが分かってきました。まず患者の自覚症状を重視していないのではないかということ、次に検査のデーターの扱い方が偏っているのではないかということ、また経験不足で総合的な判断に欠け、自分の判断に従わぬ患者を説得するだけの力量が無いのではないか等です。それでこの主治医の患者になるのは危険だと思ったのです。 身体に負担をかける行動は、この際危険であるということを重々承知の上で体調に注意しつつ、自分の勉強を兼ねて他の医者の意見を聞いて歩いたのです。 結局、その他五人の医者に、見解を聞き、診察を受けて、色々なことが分かってきたのです。これらの医者の見解をまとめ、自分の考えを加えて、医師の診断はどのように在ろうと、自分の身体は自分が一番良く知っている。この病気は必ず良くなると確信を持つことが出来たのです。 まだ最終的な結論は出ていませんが、6ヵ月後の検査の結果は、かなり良いもので自分の判断が正しいと思えるものになっていたのです。 この度の時任先生の病気の話を全部書き出したら本が一冊出来上がってしまうでしょう。 卒業生の皆さんこの記事から何かを読み取ってください。 今年の卒業生は、時任先生にとっても思い出深い卒業生となるでしょう。 五十嵐さんが文集へのメッセージをお願いしますと言ってきたのに「うーん間に合わない」と言ってしまったのです。五十嵐さんは悲しそうな顔をして「原稿が出来たら打ってあげますよ」と言ってくれたのです。これはいかん何としてでも間に合わせなくてはと原稿なしで打ったのです、 卒業生の皆さん卒業おめでとう。これからも時々学校へ顔見せに来てください。 平成十四年三月六日 時任靜吉 |
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