金蘭ー幻の花になりそうー嗚呼悲しいかな/ 2_2.htm
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神の存在
人間最後の頼りは神ではありませんか ? それでは、どのような神に頼ったらよいのでしょうか? この頁では、過去10年間卒業文集で、卒業生に贈った「神の存在」を毎月掲載いたします。時任学園の道徳教育の一環を知ることが出来ます。 |
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アケビの花 アケビには五葉のものと三葉のものがあります。 |
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作業風景 平成16年3月17日 2,3時間目、 隣の山の杉の倒木を片付けて休憩のところ、佐久間先生が撮影。 薪は風呂釜用。 左から赤座さん、時任先生、松本さん、長島さん、島田さん、大門さん、島根さん、森さん、越智さん
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三椏の花 |
神の存在
神.....人知を越えてすぐれ、とうとく 不思議な存在..........岩波国語辞典 日本の国には,八百万の神がいると言われています。 しかし,恐るべきは、天地創造の神、全知全能の神、愛の神なのです。 このような神が存在するのならば、私たちは、無条件でこの神に服従しなければなりません。なぜならば、この神は人間をも創造されたに違いないからです。 神が存在するのか、しないのか、確たる証拠がないので、神は存在するという人と、神は存在しないという人がいます。神の存在を信ずる人は、神そのものは見えなくとも、神の所業を確認し、信仰によって神を見ているのです。一方この世の有様から神も仏もいないと感じている人は、神の存在を否定することでしょう。 では,私たちは神の存在についてどのように対処したらよいのでしょうか.....神は存在するとしたほうがよいのです。 存在するかも知れぬものを存在しないと断定することは出来ません。 恐るべき神が存在するかもしれぬのに、神は存在しないと断定して行動するとすれば、それはむしろ非科学的な態度であり,信仰のあるなしにかかわらず、思慮深い行動とはいえないからです。 そこで、信仰の無い人のために、全能の神が存在すると仮定して先へ進むことにしましょう。 神が存在するとすれば、これを理解しなければなりません。自然や、人間や、社会をよく見て研究し、うわべだけでなく、奥深く、洞察する力も養わなければなりません。神を理解するのに一つの方法があります。それは、何か問題に行き当たったとき、自分がもし全能の神ならば、どのように処置するであろうかと考えることです。 ところがここに一つ問題が出てきます。神に対して悪魔というものが存在するのです。ある一つのことを処置するのに、よい処置の仕方と、悪い処置のしかたがあるのです。よい、わるいの判定がまた問題なのですが、神はよい処置を行い、悪魔は悪い処置を行なうとしましょう。 そうすると自分が全能の力を得たとき、その力を自分の利己的な方に行使するのは、神の処置ではないことに気付くはずです。 気まぐれとか、でたらめ、という種類のものは悪魔の所業に属するのです。 なぜならば、きまぐれやでたらめでは、この天と地は、成り立ち得ないことが明らかであり、一貫性こそ神の所業に属するからです。 「正直の頭に神宿る」と言われています。 真実は、神の所業に属し、嘘、つくりごとは、悪魔の所業に属するのです。 私たちの頭には、神と悪魔と自分と計三つの座があって、神の座に神がおれば、自分は神と共にあり、悪魔の座に悪魔がおれば、自分は悪魔と共にあるのです。 しかし、神と悪魔と自分の三者がいるときはどうなるのでしょう。 神も悪魔も、実は、意見を述べるだけなのです。 最終決定は、人間自身にあるのです.....全能の神は、人間をそのようにつくられたのです.....自分の行動は自分の責任なのです。 正直は、神の徳性の一つですから、悪魔は正直者を嫌い、ウ直者の頭から逃げ出して、嘘つきを探し出しそこに納まるのです。 最近、人間は神の創造物(心と体)ではなく,猿から進化したと言う主張が通用しています。しかしこれは皮相的な見方であって、本当のところは何も解らないのです。なぜならば、進化は自然に属し、自然は宇宙の意志に所属するからです。宇宙の意志を司るのが全能の神ならば、人間の創造は、神の所業に属するのです。 この世を科学の成果によって理解することは大切なことです。しかし、神の所業によって理解すると、より深く見えてくるのです。 現代科学の先端技術が、すでに何千万年前の昔に自然界で応用されているのです。 これは驚くべき自然の意志.....神の所業の一つに過ぎないのです。 神の存在を否定するのは自由です。 しかしもし神が存在するのであったらどうするのですか。 全能の神の目は貴方の総てを見ているかもしれないのです。 神を理解せずに生きていってはなりません。 神の存否は、人間一生の課題なのです。 卒業生の皆さん、卒業おめでとう。 道徳の最後の課題は、神の存在です。 卒業後も神について考え、神を恐れる人間になって ください。 平成七年三月五日 時任静吉 |
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